
平潟神社より次の訪問場所をカーナビにセットして出発!
すると進んで行くにつれて見覚えのある道を
走って行くではありませんか👀
わっかりました!そうです!
先日行った高龍神社へ向かっています
目的地はその先山の方へ車で2、3分でした
大して離れていなかったのでその時に一緒に来てれば良かった(笑)

社号標には不動社越後古志竹乃高地と彫られ
注連縄の掛かる岩は不動岩です
そして右に社務所が有り休憩所、トイレがあります


橋を渡り左手には、ご神動水や手水がありお知らせや説明書が有ります

不動明王が二組おり両方の龍の水口から御神水が出ていて、
向かって右側は「神殿の水 冷たくておいしいが保存には向かない」、
左側は「旧殿水 古来薬効ありといわれ保存できる」と
看板に書かれています。
結局は自分たちは飲みませんでしたが
水を汲まれていった女性がおりました。


現在の社殿は中越大震災の甚大な被害のあとに
平成18年に建立されました
今日歩いた長岡市の豪雪地帯お三社はすべて
鉄筋コンクリート造りという事になりました


御護摩御祈祷が行われるので天井は煤で真っ黒でした

竹之高地不動社の由来
竹之高地不動社の開基は弘法大師とされている。
弘仁年間、大師は本山建立の地を探して全国を行脚した。
その時この地にも足跡を残している。
長岡の東山々系の中で、柿から奥の山は「三谷たらず」と呼ばれ、
古来、霊山とされていた。大師は難波峠(南蛮峠)を経て、
多岐之河内(竹之高地)と呼ばれるこの谷を下り、途中この滝に行く手を阻まれた。
眼下数十丈を落ちる荘厳な滝の姿に心を打たれた大師は、
不動明王の石像を刻み、滝のほとりに安置した。
それから約七百年後、無人のこの地に初めて集落を作った原 美濃守(落武者)は、
集落の鎮守様としてこの不動明王を祀り祠を建てた。
美濃守の守護神も不動明王であった。その後、社殿は数回建て替えられ、
現在の社殿は中越
震災の後、平成十八年に建立されたものである。
本尊大日大聖不動明王は、その限りない力をもって人々のあらゆる苦難を打ち払い、
心身の病を癒し、真実を見究める眼力を授けると伝えられ、
多くの崇拝者を集めている。
平成二十年八月 竹之高地不動社
(引用元:竹之高地不動社の由来 説明看板)

数段ほどの石段を上り小高い場所に御神木の一本杉があります。

そこを右に曲がると狛犬の先に石碑が鎮座しています

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それでは御朱印を頂いて
来るときにちらっと見えた不動滝へ行ってみましょう
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駐車場からは歩いてすぐです

ここでは滝行が行われるので
中段まで登るための足場が置いてありました
左の方には階段も見え手水舎辺りからですかね
斜面を下ってくるようですよ

****訪問有り難う御座いました****
また遊びに来てね(@^^)/~~





