




手前に架かる橋(表門前橋)を渡って入城

直角に曲がり二つ目の門は松代城で最も大きい門で太鼓門です。
名前の由来は藩士に登城時刻を知らせたり、
緊急連絡をするための太鼓が備えられていたためだそうです

自然石をこんな綺麗な曲線に積むところは
当時の匠の技が光っています

北不明門(きたあかずもん)と呼ばれ
千曲川河岸に通じる裏門でした








今度は松代藩文部学校、真田邸辺りを
歩いてこようと思います
その後車移動して象山地下壕へ向かいます


九代・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。
藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校しました。
*真田宝物館抜粋*

先ずは西序
来客があった際の控室としても利用されていました。
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弓術所
映画やドラマに撮影されたこともあり
現在も弓道の練習でも使われています
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槍術所
長い槍の稽古ができるよう、天井が高く作られています。
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文学所
教室や大勢が入る講堂として使われていました
西半分は事務室と使い藩主が来た時の控え室や中ほどに
台所も有り事務員や指導者も食事をとっていたそうです
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台所と煙出し

西側にある御役所
学校を管理する藩の役人がいて
他藩から来る修行者の対応や
稽古の日程調整なども行っていました

こういうのも有りましたが・・・やってません(笑)
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綺麗な着物とかわいい忍者服です



最後は剣術所の見学でした
現在でも剣道の練習や大会などの会場として実際に使用されています

実際に稽古をされている方はいました
※旧樋口家住宅

旧樋口家敷地の真ん中には泉水路が流れ、
南側には雑木林、竹林、庭園が、北側には主屋、
土蔵、長屋、屋敷神の祠、表門などがあります。
主屋、土蔵、長屋の3棟は長野市の文化財に指定されています。
* 信州松代観光協会*



敷地内にある庭園は雑木林や竹林のある池泉回遊式庭園として整備されています



※真田邸

義母お貞の方(貞松院)の住居として建てたもの。
昭和41(1966)年に真田家伝来の宝物とともに
長野市に譲渡されました。
全国でも少ない御殿建築の建築物で、
松代城跡の建築物として唯一、当時のまま残った貴重な建物です。
*信州松代観光協会*

当時は「新御殿」と呼ばれていた松代城の城外御殿

お客様と対面したり、仕事をする公式な空間を「表」といい、
私的な生活の空間を「奥」といいます。

長~い廊下を進みます

VTRの放映もあります

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釘隠しと唐紙



御神仏の間
正面の扉の中に位牌が安置されていたという

主人用のトイレ

手洗い場


奥象山を借景とした池泉回遊式庭園は、
京都の庭師によって作庭されたと伝わる。

座視鑑賞庭園で散策はできない

泉水升
城下の武家屋敷から新御殿に流れ込む水に含まれる砂などを
泉水池手前で浄化する役割をする

最奥に鎮座し静かな鎮守堂
※象山地下壕

無料駐車場は少し離れています

入壕料は無料というお得な見学スポット
見学時間は午前9時から午後4時までの間
ただし入壕は午後3時半までに済ませましょう

管理人の方が清掃してくださっているヘルメットは必ず着用

地下壕は、舞鶴山を中心として、皆神山、象山に
碁盤の目のように掘り抜かれ、
その延長は約10キロメートル余りに及び
見学できるのはその中の519mです

それでは二回目となる松代象山地下壕へ

わぁ~気持ちいいように涼しいです

この木片は当時この先にガイシをつけ電線を通した跡と言われる

削減機ロッド掘削跡
ダイナマイトを仕掛けるために開けられたと言われている

トロッコ枕木の跡
枕木の上に固定されたレールの上を
手押し四輪台車が走行していた

500mほど進んできたようです

最奥には測点跡という札が下がっていて
四角い杭が刺さっているそうだが
どれだか分からなかった💦💦
それでは長々とありがとうございました
以上で松代観光を終了致します(^^)v
****訪問有り難う御座いました****
また遊びに来てね(@^^)/~~













